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2011年3月11日 (金)

栗田智仁の桃源郷の由来

こんにちは。栗田智仁です。

今日は、桃源郷についてです。

桃源郷とは?

桃源郷(とうげんきょう)は、中国における理想郷を指す、想像上の場所である。

俗世間から離れ、山水の中で仙境に遊んだり素朴な農耕をしたりできる世界である。

また転じて、仙人がいる・あるいはそこにいけば仙人同様になれる聖地ともされる。

武陵桃源(ぶりょうとうげん)ともいう。

由来・出典

桃源郷の初出は六朝時代東晋末から南朝宋にかけて活躍した詩人陶淵明365年 - 427年)の著した桃花源記 ならびに序』である。

現在では,桃花源紀()よりは,その序文のほうがよく読まれている.

太元年間(376年 - 396年)、武陵(湖南省に漁師の男がいた。

ある日、山奥へ谷川に沿って船を漕いで遡ったとき、どこまで行ったか分からないくらい上流で、突如、桃の木だけが生え、桃の花が一面に咲き乱れる林が両岸に広がった。

その香ばしさ、美しさ、花びらや花粉の舞い落ちる様に心を魅かれた男は、その源を探ろうとしてさらに桃の花の中を遡り、ついに水源に行き当たった。

そこは山になっており、山腹に人が一人通り抜けられるだけの穴があったが、奥から光が見えたので男は穴の中に入っていった。

穴を抜けると、驚いたことに山の反対側は広い平野になっていたのだった。

そこは立ち並ぶ農家も田畑も池も、桑畑もみな立派で美しいところだった。

行き交う人々は外の世界の人と同じような衣服を着て、みな微笑みを絶やさず働いていた。

男をみた村人たちは驚き話しかけてきた。

男が自分は武陵から来た漁師だというとみなびっくりして、家に迎え入れてたいそうなご馳走を振舞った。

村人たちは男にあれこれと「外の世界」の事を尋ねた。

そして村人たちが言うには、彼らは時代の戦乱を避け、家族や村ごと逃げた末、この山奥の誰も来ない地を探し当て、以来そこを開拓した一方、決して外に出ず、当時の風俗のまま一切の外界との関わりを絶って暮らしていると言う。

彼らは「今は誰の時代なのですか」と質問してきた。

驚いたことに、ここの人たちは秦が滅んでができたことすら知らなかったのだ。

ましてやその後三国時代の戦乱や晋のことも知らなかった。

数日間にわたって村の家々を回り、ごちそうされながら外の世界のあれこれ知る限りを話し、感嘆された男だったが、いよいよ自分の家に帰ることにして暇を告げた。

村人たちは「ここのことはあまり外の世界では話さないでほしい」と言って男を見送った。穴から出た男は自分の船を見つけ、目印をつけながら川を下って家に戻り、村人を裏切ってこの話を役人に伝えた。

役人は捜索隊を出し、目印に沿って川を遡らせたが、ついにあの村の入り口である水源も桃の林も見付けることはできなかった。

その後多くの文人・学者らが行こうとしたが、誰もたどり着くことはできなかった。

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